戦争遺跡を学んできました!

1月12日、第8回観光ガイド養成講座を開催しました。
今回の研修は、「大隅半島の戦争遺跡」を学びます。

やぶさめ館

講師は「かごしまの戦跡を探る会」の八巻聡(やまきさとし)さん
太平洋戦争の末期、米軍の上陸予想地域のひとつとされていたのが志布志湾で、
本土上陸を阻止するために、内之浦海蔵地区に砲台や観測所などが造られました。
この地区には、その跡が多く残っていることなどを学びました。

戦争遺跡について、知らないことが多く、受講生も熱心に耳を傾けています。
講師

(オリンピック作戦は、昭和20年11月に予定されていたとのことです。
終戦がもう少し遅ければ、大隅半島は大変なことになっていたんでしょうね。
私達も産まれてなかったかも。)
オリンピック作戦1

内之浦が日本本土を守るための重要な拠点だったと、改めて実感しました。

昼食を済ませ、午後からはいよいよ午前学んだ物を実際見学に行きました。

国道448号線のふれあいパーク奥にある砲台跡です。
外観はほとんど完全な状態で残っています。
砲台

入口が少し土砂で埋まってますが、今回は特別に中に入らせてもらいました。
砲台跡中

内部は土砂が流入し、半分は埋まり水が溜まっています。
山の谷間の地形を利用して作られているとのことでした。
砲台跡中2

看板
砲台跡

ここのトイレは利用することはあっても、砲台が残っていることを知らないという方がほとんどでした。

次は海蔵の観測所跡です。
観測所は先端の場所に立っていて、視界が広く取れるようになっています。
海蔵

この台の上に測遠機という距離を測るものを設置していたようです。
※内部は立ち入り禁止になります
海蔵中

看板
海蔵看板

さらに歩くこと15分ほど、竹をかき分けながら別の砲台を探します。
砲台竹藪

かなり山奥入った所に、石垣が特徴の大きな砲台跡が残っています。
砲台跡 石垣

前面部は壊れているようでしたが、奥の部分は当時のまま残っています。
丸い形で、しっかりとしたコンクリートで作られています。
砲台㊥

こんな山奥に荷物を運んだのかと思うと感心します。

今回の講座は、なかなか知ることのできない戦争遺跡について、
いろいろと学ぶことができました。
この経験を、少しでも観光客に伝えていければいいなと思います。
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